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秋山黄色の経歴や学歴まとめ!中退した専門学校はどこ?

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ハスキーボイスで独特な声質から、多くのファンを魅了している、秋山黄色さん。

アニメ「僕のヒーローアカデミア」のエンディングテーマでも知られていましたが、女性への暴行事件で逮捕されましたね。

そんな秋山黄色さんですが、プロフィールなど謎な部分が多いと思います。

今回は、秋山黄色さんの経歴や学歴について、調査しました!ぜひ、最後までご覧ください。

目次

秋山黄色の経歴まとめ

秋山黄色さんの経歴を、順番に見ていきましょう。

秋山黄色プロフィール

オリコンニュース
  • 本名  :新井悠也(あらい ゆうや)
  • 生年月日:1996年3月11日
  • 出身地 :栃木県宇都宮市
  • 所属事務所:エピックレコードジャパン

『秋山黄色』という芸名の由来は、「秋山」が母親の旧姓で、「黄色」が幼少時代のあだ名だったそうです。

もともと黄色が嫌いだったのですが、Twitterのハンドルネームにしていたところ、定着したので、そのまま芸名として使用しているそうです。

小学生の頃に、黄色い車を敵視していて、黄色い車を見かけるとバリアを作っていたそうで、そのことがきっかけで友人から「黄色」と呼ばれていたそうです。

ある意味トラウマになった色なのですが、あえて芸名に名付けるのはすごいですね。

そして、秋山黄色さんはテレビ出演もメディアへの顔出しもしておらず、素顔が隠されています。

完全に顔出しNGというわけではないのですが、たまにメディアに出演する際も、ほとんど顔を出していないようですね。

ライブでは普通に顔出しをしているので、ルックスよりも音楽を届けたい!という思いがあるのでしょうか。

音楽を始めたきっかけ

instagram

秋山黄色さんがシンガーソングライターになったきっかけは、中学時代でした。

アニメ『けいおん!』を見て、音楽に興味を持ちます。

このアニメは、軽音楽部に所属している女子高校生たちが、バンド活動を通じて青春を謳歌するストーリーです。

ロックバンドがテーマなので、影響をかじる人も多かったようです。

秋山黄色さんはこのときからベースを始め、米津玄師さんやスピッツをオマージュし、高校1年生でオリジナルソングを制作し始めました。

「ちょうどSoundCloudが盛り上がっていた時期だったんです。米津玄師さんが「あなたは醜い」という曲を投稿していて、”これがかっこいい!”と思ったのでそこで投稿するようになって。」

エンタメステーション

米津玄師さんの音楽に出会ってから、続々とSoundCloudやTwitterで、楽曲を公開するようになったそうです。

リツイートされたり、多くの人から評価されて自信をつけ、ブレイクとなりました。

ライブ活動は21歳で始めたそうですが、本格的に音楽活動を始める前に、YouTuberとして『歌ってみた』動画を配信していました。

オリジナルソングが話題になり、デビュー前から多くのファンに支持されていました。

当時は自身を『ニート』と称していましたが、その裏では音楽に没頭し、多くの人々を魅了していたのです。

メジャーデビュー

リズムゾン

SNSなどを通じて、秋山黄色さんの人気はジワジワと広がり、2017年末頃からライブ活動をスタートします。

2018年には音楽フェス「SUMMER SONIC」が主催の「出れんの!?サマソニ!?2018」に参加し、出場権を獲得しています。

そして、インディーズ1st配信シングル『やさぐれカイドー』が、音楽配信サイトSpotifyで注目され、人気が爆発しました。

その後も、配信シングルやミニアルバムをリリースしながら、ライブ活動を続けていきます。

2020年3月4日には、音楽レーベル『エピックレコードジャパン』から、1stフル・アルバム『From DROPOUT』をリリースし、メジャーデビューを果たしました。

このアルバムは、仲間由紀恵さんと向井理さん主演のドラマ『10の秘密』の主題歌に起用された、『モノローグ』も収録されています。

秋山黄色の学歴や中退した専門学校は?

twitter

秋山黄色さんは、栃木県宇都宮市出身です。

出身中学・高校の情報はなかったのですが、高校までは宇都宮市の学校に通っていたと思われます。

中学時代は美術部に所属していたそうで、ジャケットアートまでこなせるのも、そのときからセンスが磨かれていたからなのですね。

その後、「けいおん!」で音楽に目覚め、ベース担当の秋山澪というキャラクターに影響を受け、3万円のベースを購入します。

そこから音楽にどんどんのめり込み、高校時代は軽音部に所属していました。

高校卒業後は、音楽の専門学校へ進学しました。

秋山黄色さんは学生時代に「とうこうのはて(登校の果て)」という曲を作っており、学校生活に対する鬱憤を表現しています。

この曲から察するに、キラキラした学生生活ではなかったようですね。

専門学校の名前は明らかになっていませんが、全国的にそこまで数が多いわけでは無いので、東京の専門学校ではないでしょうか。

2年間の専門学校で、作曲家やプレイヤーなど、さまざまな目標を持った生徒がいたそうです。

しかし、秋山黄色さんは専門学校を中退しています。

「僕は2年間、家にいた方がいいかもしれないと思って、自分のスタイルと優先して辞めて、そこから何年間も家で音楽を作る生活をします」

オリコンニュース

専門学校を中退した後は、日中に音楽活動をして、夕方~深夜2時頃までバイトをするという生活をしていたそうです。

そんな生活を5、6年、休みなく続けていたといいますから、そのタフさには驚きですね。

まとめ

今回は、秋山黄色さんの経歴や学歴について、紹介しました!

中学時代にアニメ「けいおん!」や米津玄師さんに影響を受け、音楽に目覚めた秋山黄色さん。

音楽の専門学校に通うも中退し、そこからメジャーデビューに至るまで、音楽漬けの日々を送っていたのですね。

今後の報道にも注目ですね。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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